令和5年10月から導入される、消費税の「適格請求書等保存方式」、通称「インボイス」制度。
このブログでは過去にも、この制度の内容や注意点などをご説明しました。
しかし、各種報道や、ネットで目にする Twitter のつぶやきなどを拝見していると、どうやら、まだ制度内容に対するご理解が広まっていないようだということが、分かります。
それは国税の広報活動のマズさが主因ではありますが、私を含む税理士が納税者の皆様に対して制度内容の周知を図るような情報提供を不十分にしか行っていなかったということなのかもしれないと、反省させられます。
そこで今回は、消費税のインボイス制度というものについて、何も知らない方でも基本的な知識・情報が得られるように、図表も多く使い、なるべく分かりやすく書いた記事を、今一度、アップさせていただきました。
最低限、押さえるべきポイントを網羅的に書いたので分量も多いのですが、内容の重要性と即時性に鑑み、敢えて分割掲載という形をとらず、一気に公開させていただきます。
<1> 消費税制度の概要
そもそも消費税は、最終消費者が負担した税を、その販売や製造、流通にかかわった事業者が分担して納付する構造の税金です。
とあるメーカーが製造した物品が、卸売業者を経て小売店に納品され、消費者に販売されたケースを想定した図表を作成してみましたので、まずはそれを、ご覧ください。
なお、説明を簡略化させる為に、流通経費など、物品の譲渡(販売)以外の取引行為で発生する経費などについては、ここでは考えないものとします。
(図表1)
この(図表1)にあるように、それぞれの事業者は、自分が受け取った消費税と、支払った消費税の差額を、消費者に代わって国に納めます。
その結果、消費者が負担した税額と、国庫に納められる税額とは、過不足なく一致することになる。
これが、消費税のシステムです。
各事業者の差引計算も図にしてみましたので、ご確認ください。
(図表2)
この(図表2)における②の差引を、「仕入税額控除」といいます。
この言葉は非常に大事な用語になりますので、なるべく覚えるようにしてください。
<2> 免税事業者と消費税の益税問題
さて、本題のインボイス制度について説明をするには、まず、消費税の「益税」問題について、ご理解いただいた方がいいでしょう。
仕入税額控除のような計算を行うには帳簿を細かく丁寧に記帳し、それを反映させた申告書を作成しなければなりません。
その為の事務負担が高いことを考慮して、消費税法は、小規模事業者(課税売上が1,000万円以下の事業者)については、消費税の納税義務を免除する、「免税点制度」を設けています。
この制度の適用を受ける事業者のことを、「免税事業者」といいます。
免税事業者は、消費税の納税義務が無い為、消費税を預かる必要がないので、本来的には、売上に消費税を上乗せして請求をしてはいけません。
しかし現実では、種々の事情から、免税事業者も消費税を上乗せして請求を行っていることがほとんどです。
そのような免税事業者は、納付しないで済んでいる消費税分だけ手元に残る収入が多く、課税事業者よりも得をしている状態となっています。
一方で、免税事業者からモノやサービスを買っている発注側の事業者も、課税事業者からの仕入として消費税相当額の差引を行っています。
つまり、免税事業者が得をした分の消費税は、発注側の納付税額から控除されてしまい、国庫に納められることがありません。
下の図をご覧下さい。
(図表3)
結果的に、免税事業者となる小規模事業者に対し、国が売上に係る消費税相当額の補助金を給付しているような形になっています。
これを、消費税の「益税」問題 といいます。
今回の「インボイス制度」の導入は、ここにメスを入れるものとなりました。
<3> インボイス制度とは
インボイス制度は、「消費税の納付税額の計算上、課税事業者からの物品・サービスの購入しか、仕入税額控除の対象としないことにする」制度です。
この時、その仕入先が課税事業者か否かの判断基準として、インボイス番号の有無が使われます。
具体的には、インボイス番号を取得していない(適格請求書等発行事業者として登録していない)事業者から仕入をしている場合、「仕入税額控除」ができなくなった分だけ、(図表2)における、差引できる ② の金額が少なくなることから、最終的に納めなければならない消費税の税額が高くなることになります。
つまり、上の(図表3)でいうと、卸売業者は、免税事業者であることによりインボイス番号を取得していないメーカーからの仕入に含まれる消費税相当額300円を、小売店への売上に含む消費税700円から差し引くことができなくなるわけです。
メーカーから卸売業者への販売価格が、3,300円で変わらないものとして、図を変更してみます。
(図表4)
卸売業者がメーカーに支払っている代金は同一ですが、税務署に納める消費税額は400円から700円に増えています(つまり、納付額が消費税の差額である300円分、増えています)。
その結果、消費者が負担した税額と、税務署に納付された税額が一致して、国は消費者が支払った消費税額の全てを受け取ることができ、益税問題が解消されていることが、お分かりいただけるでしょう。
国税庁にとって、インボイス制度を導入する最大の目的は、ここにあります。
<4> インボイス番号の取得は義務ではありません
ここで改めて書かずとも既に御承知の方も多いでしょうが、インボイス番号の申請は、実は、その事業者が消費税の納税義務者になることを選択することと同義です。
つまり、消費税の免税事業者がインボイス番号を取得することは、免税事業者としての地位を捨て、課税事業者となって消費税を納め始めることを意味するのです。
一方で、課税事業者がインボイス番号を取得しても、もともと消費税を納めていたわけですから、納税義務という点では変化はありません。
ここでご注意いただきたいことがあります。
どうやら多くの方が勘違いされているようなのですが、課税、免税を問わず、事業者がインボイス番号を取得することは、「任意」であり、「義務」ではありません。
「課税事業者だけれどインボイス番号は取得しない」
「免税事業者だから、インボイス番号の登録をしないままでいることにする」
という選択肢を選ぶことも制度上、可能なのです。
このことを、まず、前提として認識してください。
しかし、ここまでご説明してきたように、インボイス制度の導入により、インボイス番号を取得していない事業者からの物品・サービスからの購入に関しては仕入税額控除の対象とできなくなります。
このことから、購入する側が課税事業者の場合、できればインボイス番号を取得している事業者からのみ、物品等の購入を行いたい(仕入税額控除の対象としたい)というバイアスが生じることは、容易に予想できます。
つまり、課税事業者に物品を納品したりサービスを提供したりしている事業者は、その商品が独自のもので類似品が無いような場合を除き、インボイス制度の「登録番号」を取得しないことで、取引相手から、仕入先として忌避され、以後の取引が減少する(場合によっては打ち切られる)リスクを負うことになるかもしれません。
それもあり、上記選択肢のうち、「課税事業者だけれどインボイス番号は取得しない」については、実際にこの道を選ぶ事業者は、まずいらっしゃらないでしょう。
逆に、例えば販売先が「事業者ではない個人や免税事業者などの、消費税の納税義務がない者(仕入税額控除の計算をそもそも行わない者)」なのであれば、実際にそうするかどうかは別として、理論上は、インボイス番号を取得する必要は無いと言うこともできます。
登録番号を取得すべきか否かに関する一般的なチャートを以下に示します。
(図表5)
現時点で既に課税事業者である事業者の場合は、特に悩むことはありません。
申告書の提出先である税務署に対し、「適格請求書発行事業者の登録申請書」を提出すれば、「登録番号(インボイス番号)」が発行されます。
なお、この申請書の提出に関して国税庁は、あまりギリギリの提出は事務処理が集中して制度開始となる令和5年10月までに番号の発行が間に合わないかもしれないことから、令和5年3月31日までに提出を行うことを要請しています。
ですので、早々に申請書の提出を済ませてしまうべきでしょう。
検討が必要になるのは、免税事業者である小規模事業者の場合です。
インボイス制度の導入とともに、免税事業者との取引から生じる「益税」問題が解消された(図表4)を、もう一度ご覧いただけますでしょうか。
この場合、インボイス制度導入前には国が負担していた免税事業者の「益税」部分は、国に代わって卸売業者が負担しています。
民間の事業者として、これは堪ったものでは無いので、それを回避すべく、インボイス番号の無い仕入先等との取引を打切ること等を検討する。
インボイス制度導入によって免税事業者が受けることになるマイナス効果としては、この、取引停止の発生懸念が、一番大きな問題として危惧されています。
<5> 免税事業者とインボイス制度
とはいえ、現時点で免税事業者である事業者も、税務署に対して登録申請を行って「インボイス番号」 を取得すれば、売上先から取引を打ち切られる可能性は回避できるものと思われます。
そうすることで、それぞれの者の消費税に関する構造は、最初に掲げた(図表1)と同じことになるからです。
ただし、このことからも分かるように、そして先にも説明させていただいたように、インボイス制度の「登録番号」 を取得するということは、同時に、免税事業者であることを自ら辞めて、課税事業者になるということをも意味します。
つまり、これまでは消費税の納税義務が無かった事業者も、消費税が課税されるようになり、納税の義務が生じるのです。
これまでと売上等から得られる収入の金額は変わらないのに、そこから従来の法人税・所得税に加えて、新たに消費税をも納めなければならなくなる。
そのことが、「インボイス制度」 導入に関して非難の声が上がっている最大の理由です。
本来、国に納める為の消費税を預かっていただけのところ、疑似的な補助金のような形で、その「預り金」を自己の所得とすることが見逃されていたのが、今後は厳密な運用が行われることで、認められなくなって、原則通り、国に対して納付しなければならなくなる。
そう考えれば、今までがおかしかっただけであって、むしろ正常な状態に戻るだけだとも言えるのですが、現実問題として、手元に残る現金が減るという事実があるのは、否定できません。
それを踏まえて、各事業者の皆さんは、特に今現在は免税事業者である人の場合には、自分は 「インボイス暗号」 を取得するべきかどうか、前掲(図表5)のフロ-チャート等を参考に、取引先との関係性なども熟考したうえで、適切に判断をすることが求められます。
一応、下請法などで、インボイス番号を取得しなかったことを原因とする一方的な値引きや契約解除は違法とされていますが、仮に取引の打ち切りを受けた事業者が裁判を起こして訴えが認められて勝ったとしても、一度揉めて訴訟沙汰になった相手に継続して取引の発注をおこなってくれるかは、はなはだ怪しいといえるでしょう。
(中小企業庁のQ&Aページはこちらで、イラスト入りのリーフレットはこちら)
結果、① インボイス番号を取得しない代わりに消費税相当額分の値引きを泣く泣く受け入れるか、② インボイス番号を取得して消費税の課税事業者となるか、のどちらかしか、選択肢が無くなるという恐れがあります。
また、インボイス番号の取得を選択する(あるいは、選択せざるを得ない)という判断に至った場合に、新たに負担することになる消費税の納付税額分だけ、売上先との取引価格を引き上げられるかといえば、(交渉次第であるとはいえ)これはかなり難しいと言わざるを得ない事業者がほとんどなのではないでしょうか。
とはいえ、仕入税額控除の対象となるかどうかを確定させる必要があるからインボイス番号取得の有無は確認するものの、実際に番号を取得するかどうかは取引先の自由意思にまかせており、これまでの付き合い等もあることから、当面はそれを理由とした取引の打ち切りや金額の改定などは考えていない、という企業も、私の知る限りでは多いので、自社がどのような対応を採るべきかは、売上先とのコミュニケーションも取りつつ判断をすべきでしょう。
<6> 消費税簡易課税制度利用の検討
インボイス番号を取得して消費税の課税事業者になることを選択したとして、なるべくならば、納めなければならなくなる消費税額は低く抑えたいところですよね。
ここで、利用を検討すべき制度として消費税の「簡易課税制度」というものがあります。
これはその名前の通り、消費税の税額計算を、原則的なものではなく、簡易的なもので済ませることができるという制度です。
もともと免税事業者である事業者であれば、消費税の簡便な計算方法である 「簡易課税制度」 の選択要件(課税売上5,000万円以下)も満たしています。
つまり、「登録番号」の申請をする際に、「原則的課税」方法と、売上金額から仕入を概算して税額を算出する「簡易課税」方式の2種類のいずれかを選択することができるのです。
例えば建設業の下請けで工務店を営んでいる下記の(図表6)のような事業者を事例として考えてみましょう。
元請からの指示監督を受けて工事の施工を請け負う下請け業者は、全部で6種類ある事業区分のうち、第4種に該当するとされています。
この場合、消費税の税額計算上、仕入税額控除の対象となる原価・経費等は、実際の仕入金額ではなく、売上の6割相当額であるとみなされます。
ここで用いた「6割」というパーセントを「みなし仕入れ率」といい、この割合は各事業区分によって異なります。
工務店の場合、発生している経費のほとんどが消費税の課税対象外である賃金給与等であることが多いでしょう。
この場合、実際に仕入・経費として支払った課税仕入の金額よりも、簡易課税方式で算出したみなし仕入れの金額の方が大きくなって、結果、納めなければいけない消費税の額が少なくなる可能性が、大いに考えられます。
(図表6)
ですので、建設業の下請けのような、経費のほとんどを非課税の仕入が占めるような免税事業者や、経費の支出があまりなく、売上のほとんどがそのまま利益になるような職業の方は、「インボイス番号」を申請する前に、「簡易課税制度」 を選択するべきか否かの検討も、絶対にしておかなければなりません。
ここで参考までに、6つの事業区分ごとの消費税のみなし仕入率を列記します。
<第1種事業> 卸売業 (90%)
<第2種事業> 小売業 (80%)
<第3種事業> 農林水産業・製造業・建設業
電気業、ガス業、熱供給業及び水道業 (70%)
<第5種事業> 運輸通信業、金融・保険業
サービス業(飲食店を除く) (50%)
<第6種事業> 不動産業 (40%)
<第4種事業> その他の事業 (60%)
国税庁のホームページには事業区分判定のフローチャートも公開されていて便利なのですが(https://www.nta.go.jp/law/shitsugi/shohi/20/02.htm)、いかんせん、少し分かりにくいのが難点です。
なお、インボイス制度導入によって事業の継続が難しくなるのではないかとしばしば例に出されている、デザイナーや漫画家、小説家、ライター、アニメーター等は第5種に該当します。
税理士業である私を含む、いわゆる士業の人も第5種ですね。
絶対にそうだと断言はできないのですが、第5種や第6種に該当する事業者の場合は、一般に、簡易課税を選択した方が、納税額が少なくて有利であることが多いでしょう。
ご自分の仕事の事業区分が何種に該当するのが分からない場合は、実際に税務署に出向いて聞いてみるか、電話で国税電話相談室に質問をするのもいいでしょう(お住いの地域を管轄する税務署等に電話をすると、録音メッセージで案内・転送されます)。
なお、特例である「簡易課税」方式を選択した場合は、最低でも2年間、簡易課税による消費税の納税を続けなければなりません。
その為、大規模な設備投資等が予定されている等、多額の仕入税額控除が発生することが2年以内に見込まれる場合には、「原則的課税」方式を選んだ方が、むしろ納付しなければならない消費税額のトータル金額が少なくなることも考えられます。
(売上に上乗せされて預かった消費税より、仕入・経費として預けた消費税の方が多い場合は、差額が国税から還付されます)
簡易課税制度の選択届出書の提出を考える際は、その点もご検討ください。
以上、インボイス制度の概要と、「登録番号」 取得に関する注意事項の概要でした。
最後になりますが、不明点、疑問点などある方は、ご自分だけで判断するのではなく、税理士などの専門家にご相談いただくことを、強くお勧めいたします。