当事務所のような税理士事務所を始め、弁護士、司法書士、公認会計士、社会保険労務士、弁理士などといった、いわゆる「士業」の事業者に対し報酬を支払うことは、事業を営んでいると、そんなに珍しいことではなかろうと思います。
当事務所が関与しているような中小事業者ですと、弁護士や公認会計士に業務を依頼することはあまり無いかもしれません。
特許権、実用新案権、意匠権及び商標権の4つからなる「産業財産権」を自社で所有するような仕事でなければ、弁理士に仕事を依頼することも無いでしょう。
それでも、それこそ日々の会計や税務申告のために私のような税理士と顧問契約を締結する、役員登記その他登記関係で司法書士に手続きを頼む、労務総務関係で社会保険労務士に相談をする、というようなことは、普通にあるのではないでしょうか。
そのように仕事を依頼した士業の先生から届く請求書を、しっかりと見てみたことがある、という人はどれくらいいらっしゃるでしょう。
もちろん、経理課にて働いているような人であれば、何度も見たことがある、とおっしゃると思います。
しかし、そうではない一般会社員の人などは、例えば「毎月税理士が会社に訪問してきて帳簿類のチェックをした後に社長と話をしている」というような事実は認識していたとしても、ではその対価、この場合は顧問料等ですが、それがどのような計算で請求されているのか、気にしたことも無いのではないでしょうか。
ここで、以降の話を分かりやすくする為に、税理士である私が法人A社(社員数20名程度の国内法人)と、システム利用料込で月額4万円の顧問契約を結んでいるということにしてみましょう。
月次の顧問料について当事務所はファクタリング会社を利用して顧問先の銀行口座から引き落としをさせていただいています。
また、当事務所は消費税の課税事業者ですので、A社から頂く顧問料は4万円に消費税等を加算した44,000円となるわけで、では、この金額が毎月の引き落とし額ということになるのだろうと思われますよね。
ところが、実際に口座から毎月引き落とされている金額は、44,000円ではなく、39,916円なのです。
この差額、4,084円は何なのか。
結論から書きますと、これは、税理士に対して支払う報酬に係る源泉所得税になります。
こう書いてもあまりピンと来ていない人には、会社が社員に対して支給する給与から所得税が差し引かれているのと基本的に同じものである、と言えば、あるいは「ああ、あれか」と理解してもらえるでしょうか。
イメージとしては、士業の人に対して定期的に支払うような役務の対価については、社員に対する給与と同様に、それを支払う事業者の側が支払額の一部を所得税として予め預かっておき、別途それを国に対して納付するということです。
なお、これはあくまでも「所得税」の預りなので、その支払先が法人(税理士法人、社会保険労務士法人、弁護士法人など)である場合には源泉徴収の必要はありません。
法人税について、所得税同様の源泉徴収制度というものは法規程上に存在していないからです。
また、支払う側が源泉徴収義務者でない場合には支払報酬額から源泉徴収を行う義務は存在しませんし、仮に預かったとしても納付する方法がありませんので、上記のようなケースであれば、総額の44,000円を請求し、お支払いいただくことになります。
このことを規定しているのは、所得税法第204条第1項第2号です。
念の為、条文を確認してみましょう。
<報酬、料金、契約金又は賞金に係る源泉徴収義務>
居住者に対し国内において次に掲げる報酬若しくは料金、契約金又は賞金の支払をする者は、その支払の際、その報酬若しくは料金、契約金又は賞金について所得税を徴収し、その徴収の日の属する月の翌月十日までに、これを国に納付しなければならない。
二 弁護士(外国法事務弁護士を含む。)、司法書士、土地家屋調査士、公認会計士、税理士、社会保険労務士、弁理士、海事代理士、測量士、建築士、不動産鑑定士、技術士その他これらに類する者で政令で定めるものの業務に関する報酬又は料金
(所得税法第204条第1項第2号)
源泉徴収する所得税額ですが、通常であれば先方から発行される請求書等にその金額は記載されているはずです。
ただ、中には本来であれば源泉徴収をしなければならないような報酬支払に係る請求書であるにも関わらず、源泉税額控除の記載が無いものが送られてくることもあるでしょう。
そういう場合でも、支払う側は自主的に源泉所得税を徴収・納付をしないと、それは所得税法違反行為であるということになってしまいます。
(報酬支払に係る所得税の源泉徴収税率は、支払額のうち100万円以下の部分については、10.21%、100万円を超える部分については20.42%です)
また、源泉徴収税額については税込の支払額で計算することが基本ですが、請求書等で消費税部分が区分記載されているのであれば、税抜金額に上記税率を乗じた額を源泉徴収することしても問題はありません。
上記の例でいえば、顧問報酬44,000円(うち消費税4,000円)ということが契約書・請求書に明記されていますし、金額は100万円以下ですので、源泉徴収税額は税抜金額40,000円の10.21%、即ち4,084円となるわけです。
ところで、実はこの報酬の源泉徴収義務は、士業への支払だけでありません。
細かい話をやりだすと長くなるので今回は割愛させていただきますが、例えばデザイナーへの報酬、原稿料や講演料、プロスポーツ選手や芸能人に支払う報酬などなども含まれます(源泉徴収税率が上記と異なるものも存在しますので、法規定などを随時ご確認ください)。
「専門性の高いフリーランスに業務を発注した際の支払には源泉徴収義務が課せられることが多い」と覚えていただいても、ざっくりとした認識としては間違いではありませんが、実際に何らかの報酬支払が発生した際に、それが源泉徴収対象になっているか否かの判断・詳細については、都度、お近くの税務署か税理士にお問合せいただくのが確実かと思います。
源泉徴収した所得税の納付ですが、先に挙げた条文にある「士業」に対するものについては給与の納付と同じタイミング、同じ納付書で納付をします(納期の特例についても適用対象となります)。
それ以外の原稿料・講師料その他の報酬については、報酬源泉専用の納付書がありますので、そちらを使って納付をすることになります(給与のような納期の特例規定は存在しません)。
以上が今回ご説明したかった「士業への報酬支払と源泉所得税」の概要なのですけれど、例外というか、ここまでに書いたものとは異なる扱いになるものがありますので、以下、2点その説明を追記いたします。
<1> 司法書士、土地家屋調査士、海事代理士の場合
上記3者へ支払う報酬については、その支払額から10,000円を控除したうえで、その差引後の金額に源泉徴収税額を乗じることとされています。
これは、例えば司法書士は不動産登記の手数料等で少額の報酬支払が頻出する為、司法書士の手取額の確保と支払い側の事務負担などを考慮して、1万円以下の報酬支払であれば源泉徴収は不要であるという運用になっているようです。
いやいや、最近不動産の名義変更登記を司法書士に依頼したら、もっと費用がかかったよ、とおっしゃる人もいらっしゃるかもしれませんが、その請求の明細をご覧いただくと、内訳にある登録免許税や立替交通・通信費、謄本取得の印紙代などを差し引いた純然たる司法書士報酬部分は、そんなに金額が大きくは無いということをご理解いただけるかと思います。
もちろん、例外はあるのですが……。
<2> 行政書士への報酬
官公庁への提出書類作成、補助金・給付金の申請手続き代行料などを行政書士に支払われることもあるかと思います。
ここまでの話の流れだと、これについても源泉税の徴収義務が存在するように感じられるでしょうが、実は、行政書士への報酬支払については、所得税の源泉徴収は不要となっています。
ここについては国税庁が質疑応答事例の1つとして公開をしています。
こちらを参照していただくと、そこには「一般的に行政書士の業務に関する報酬については、所得税法第204条第1項に規定する報酬には該当しません」ということが明記されています(建築代理士と同じ業務を行う場合は除く)。
クライアントに個人が多いこと、単発だったり少額だったりの依頼が多いことから法の適用対象外になっているということも言われていますが、今回のエントリーを書くに当たって私が調べた範囲では、明確に「こういう理由です」という規定なり国会答弁なりは見つけられませんでした。